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2010年6月28日月曜日

その他もろもろのロシア シベ鉄回想録

その他もろもろのロシア シベ鉄回想録
一週間もひたすら西へ走る列車なので、当然時差が生じてくる。
出発のウラジオストクは日本と比較して+2時間。
「え~日本よりプラスなんかいな~」でしょ。
そして到着のモスクワは日本と比較して-5時間。
車内はモスクワタイムで過ごしていくので、時差が7時間もある中を列車は走っていく。

最初は一日の流れが、当然合致しない。
しかも白夜だったりして、本当の昼間はいつなのか、夜がいつなのか、
本当の時間は何時なんだ?みたいな何を基準にしたらいいかわかんない。
車内の乗客の行動もまちまちで、寝る時間も食べる時間も酒飲む時間もまばら。同じ乗客ののお姉ちゃん。(ちょっと嫌がって、首が向こうに行ってるのが味噌)

だけど、モスクワに近づくにつれて、日の出や日没と時計がだんだん合致し
てくるので、行動が同一化してくるのが面白かった。

途中、バイカル湖の湖畔のイルクーツクでは32度という夏日を記録した。
その後、モスクワに着くと、肌寒くコートを着る者、または革ジャンを着る

者など冬姿なんです。
時差もきつかったけど、この温度差もきつかったね。
おかげで、しばらく風邪をひきましたよ。

それと、ロシア人のイメージってどうですか?
態度がでかくて、威張ってて、無骨そう。
確かに駅員とかお国の関係の人たちってそんな感じでしたかね。
実際、色んな面々に怒られましたんで。
でも一般人はそうでもなく、単にシャイなだけなんではないか?と思いましたね。

しかも、彼らの行動で驚いたのは、とても忍耐強い。
例えばトイレ待ち。列車のトイレは朝方は行列になったりするんだけど、
誰もノックしたりしない。ただドアの前で立ち尽くす。
ノックもしなければ、ドアノブをガタガタしたりせず、大人しく待ってるんです。
また、切符売場では、貧乏揺すりもせず、平気で2時間以上も列に並んで待っている。
僕はずっとイライラしっぱなし。
ロシア人は忍耐強いのか、のんびりしてるのか、なかなか憎めないとこありますよ。

地図(カルタ) シベ鉄回想録

地図(カルタ)

ロシアでは地図のことを「カルタ」と呼ぶらしい。
ちなみにスペインではカルタと言えば「手紙」のことを言う。

そんなカルタ(地図)はシベリア鉄道でとても友好に役に立った。
例えば、どこに軍があるかとか、「オレはここに実家がある」とか
「オレはここで降りる」とかコミュニケーションがとりやすかった。

知らないおばちゃんも、「カルタ貸して」って言って、地図で
自分が降りるところや、自分の家を聞いてもいないのに教えてくれたりする。

でも、大概地図を指さして言ってくるのが、「ロシアはでかい!日本は小さい!」とな。

シベ鉄ソング シベリア鉄道回想録

シベ鉄ソング

シベ鉄で遭遇したロシアンアーミーたちは、しきりにヒップホップを携帯電話で鳴らしていた。

彼らは以前はアメリカと対立していたが、今ではヒップホップにアメリカのタバコ、そしてジーンズにマクドナルドにコーラとアメリカの文化をおおらかに受け入れている。

彼らに、「日本の曲を聞かせてくれ」と言われたので、iPhoneで山形県民謡の花笠音頭を(予めダウンロードしておいた)鳴らしてみたが、「???」って感じで用事を思い出したのか、どっかに行ってしまった。

さて、シベリア鉄道の車窓に合う音楽。ベスト3。
といっても、たまたま僕のiPhoneに入っていたものだけなのだが。

第3位!と黒柳徹子さんにやってほしい。
ARBの「トラブルキッズ。」
もうキッズじゃないんですが、旅を続ける哀愁がいいんですよね~。たぶん誰も知らない曲だと思いますが。

第2位!
ご存知、ゴダイゴ「ガンダーラ」ふるっ。
これ聞くと、お参りしたくなるんですよね~。

そして第1位!
久保田早紀「異邦人」!おめでとうございます。
やっぱり、海外放浪の旅情をかきたてられました。
なんだか、もう帰らぬ人になった気分になってしまいます。
世界の塵か藻屑になってしまう気分にさせられます。
ま、誰にも共感してもらえませんが。

その他、山口百恵の「いい日旅立ち」もよかったのですが。

本当は聞きたかったのは、NHKでやってた「日本新紀行」って番組の
冨田勲の曲。これが「ジーン」とくるんだね。
ま、ロシアの大地に合うかどうかわかんないけど。

こんな旅情に浸ってても、ロシアンアーミーたちのラップにかき消されるんですがね。

旅先でありえないこと シベリア鉄道回想録

旅先でありえないこと シベリア鉄道回想録

旅に出て数日目。最初のメインイベントとも言えるシベリア鉄道。
その列車に乗って2日目。

旅はトラブルの連続とアンビリーバボーの連続なのは理解しているつもり。

セキュリティのために持ってきた鍵付きのワイヤーが壊れた。
というより、同乗してたロシア人のアーミーの16歳少年に壊された。
呑んでる間に、気がついたらバラバラ。
「おめ~何やってんだよ~」と言っても笑うだけ。
まだあどけない少年は子供心でいっぱい。

さらには、シベリア鉄道でモスクワまでのお酒をウラジオストクで買い込んだ。
まずは、ロシアの代表ウォッカ。これがあれば、長持ち間違いなし。
そしてリキュールのサルバトーレ。
さらにさらりとサングリア。
あとは日々のビールがあれば大丈夫でしょ。
って、なんで乗った次の日に全てなくなっちまうの~!

ロシアンアーミー達にさんざんたかられて撃沈。
そういう僕もまんざらではなく、アニキ風吹かせながら
「やい、お前ももっと呑めよ」とかやってたんですがね。

まったくもって、ありえない、いや有りがちな話ですかね。

2010年6月25日金曜日

世界の車窓から(シベ鉄編) 回想録

世界の車窓から(シベ鉄編) 回想録


どこまでも続く大草原に白樺の林、そしてなだらかな山々。

いつまで見ていても飽きない景色。





飽きるよ~。何日も同じ景色なんだから。





世界遺産のバイカル湖。

でかい!どこまでも続く湖。琵琶湖どころではない。

美しい。何時までも見ていたい。





気がついたら寝ていた。

しかも3時間以上昼寝してたのに、まだ続くバイカル。恐るべし。







工場萌えとか廃墟萌えの写真を撮影したいならロシアはお勧めです。

何十年前かの建物が退廃的にそのまま残されたままで

これは好きな人はググッときます。


しかもたくさんあります。その姿にも飽きます。







野生の花畑が見ることができます。

緑だけに飽きた目には黄色、紫、ピンク、などの野生化した

草花は楽しませてくれます。





でもやっぱり飽きます。






平原に雪が見ることができます。





でも飽きます。



きっとあなたは、この文章に飽きます。





2010年6月24日木曜日

チョーカッツァ(乾杯) シベ鉄回想録

チョーカッツァ(乾杯) シベ鉄回想録

ロシアと言えば、ウォッカである。
それは彼らロシア人の誇りでもあるかのように、「ウォッカ、ウォッカ」という。


彼らに教えてもらった酒のルールというか習慣。
まずは、喉元を指で弾くゼスチャー。これは飲もうぜって合図。
最初はなんだかわからなかったが、その後にグラスを口元で傾けるゼスチャーをしたのでわかった。


もうひとつは習慣というか美味しい飲み方。
ウォッカをショットで煽った後に、生のトマトに塩をたっぷりとかけてガブリ。これはイケル。
そういえばウォッカとトマトの相性はカクテルのブラッディメアリで体験済みだ。


ぜひお試しあれ。

シベ鉄交友録 回想録

シベ鉄交友録 回想録

運がいいのか悪いのか、ウラジオストクで列車に乗った際は
「なんだ意外と清潔だし空いてるじゃん」なんてたかをくくって寝入ったが
数時間後に何やら大量に乗ってきた。

あっという間に満席状態。しかも若いムキムキの野郎ども達だ。
何かスポーツの団体か何かのようだ。

寝入っているというのに五月蝿いし元気だし、汗臭いし。

翌日の夜、負けずにビールを呑みさらに乗車前に買い込んだ
ワインを呑んでいると、そいつらと意気投合。

話し始めるがほとんど英語は通じない。
とりあえず通じたのは、こちらが日本人だということ。
そしてムキムキ野郎ども達は軍の兵士ということ。
といっても1年間の兵役ってやつみたいで、昨日が上がりの日だったようで
1年ぶりのシャバが懐かしくて盛り上がってたのだろう。

そいつらが、「ロシアの酒はウォッカだ」と言うので、
す~っとウォッカを出して「これだろう!」というと盛り上がった。
まずは、すでに酔ってたアニキと僕がウォッカを注ぎつつかれつ
ショットの一気飲みを3杯やったあとは、みんなで回し飲み。
(暑苦しさがわかっていただけるでしょうか?)

「Are you Tourist?(あんたは観光客か?)」と聞かれ、
その発音がTerrorist(テロリスト)に近かったので
冗談で「I'm Terrorist」と答えると爆笑された。

旨い酒と適当な英語で交友は作り上げることができる。

そいつらに教えられた「ナッホイー」とか「ニケニケリン」とか
恐らく隠語と思われる言葉の意味が未だにわからない。
(50円玉をIDと一緒にネックレスに)

ちなみに彼らとは毎日のように呑み、昼間でも僕らのシートに誰かは
やってきて、ビールやウォッカをおねだりされたりしていた。
仕方なく!昼になると毎日2.5リットルのペットボトル入りのビールを
買っては宴を催していた。

アーミー達はそれぞれ自宅が近づくと今までジャージにサンダルだったくせに軍服に着替えて駅で降りて行く。
そのたびに、僕に手を振ったり握手をしてきたり。なんだか短い時間だったけど嬉しい。

モスクワ到着の2日前にほとんどのアーミー達が降りて誰もいなくなると
ちょっと寂しかったりした。
でも、列車内から奴らの体臭が消えて、なんだかスッキリもした。
(ちょうど歩く高さに2階のベッドで寝てる足が鼻先に)

2010年6月23日水曜日

シベ鉄生活 回想録

シベ鉄生活 回想録
さてシベリア鉄道で、どんな生活を送っていたか。
ウラジオストックから6日間も列車の中で生活する。

最初ウラジオストクで乗り込んだとき、意外にも清潔じゃんと安堵の気持ち
を感じた。
が、ツーリスト用の1等車や2等車ではなく、生活者が寝起きする3等車は
、トイレはあれど、シャワーや風呂の類がない。

必然的に数日すると体臭で列車の中はキツい匂いで覆われる。

またウラジオストクとモスクワでは7時間も時差があるので
乗客も生活パターンが各々バラバラだ。

人によっては寝てばかり。人によっては呑んでばかり。

しかも3等車には食堂車などない。もし、食堂車などがあっても
貧乏だから食堂車で飲み食いするほどの金がないのである。
したがって、食べるものは車内で売っているカップラーメンが主食。
彼らロシア人は相当なマヨラーらしく、カップラーメンにマヨネーズを入れ
て食べている。
人によってはサラミやゆで卵をナイフで切っていれたりアレンジ。
僕らはというと、カップラーメンに乾パンに缶詰。
ウラジオストクからイルクーツク辺りまでは、30分くらい停車する駅では

、おばちゃんたちが食品を売りに来る。
例えば、トマトやキュウリ。パンや惣菜。
また駅のホームのキヨスク(日本みたいのを想像しないでください)で
ビールや缶詰やらスナック菓子なども売っている。
ちなみにビールは驚くほど安く、2.5リッターで120ルーブル。つまり360円ほ
どで買えてしまう。

結局、車両での生活は呑むか寝るかになってしまう。

しかしながら僕は、この機会を狙って古本屋で仕入れた本をとにかく読みま
くった。

シベ鉄で読破した本は

インドなんか二度と行くか!ボケ!! さくら剛
癒しのチャペル 辛酸なめ子
中学英文法を修了するドリル Evine
Piss 室井佑月
どうせダンスなんか観ないんだろ!? 乗越たかお
僕に踏まれた町 僕が踏まれた町 中島らも
4日目辺りから、明らかに空気の汚れで、咳をする人が増え、僕も喉に痛みを
感じ始める。

シベリア鉄道の3等車に乗る人は、覚悟して乗ってください。